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26. 50歳から花開く女の性


女性たちの悩みの中で、セックスで十分な快感が得られない「オーガズム不全」の次に多いのが「セックスレス」の悩みである。


特に、40代に入り閉経を意識し始めた女性たちの苦しみの背景は実にさまざまで、とても切実な場合もある。


それはセックスだけの問題ではなく、愛されない寂しさ、女として見てもらえない辛さは年齢を経ると共に大きくなっていく。


自分自身が「トキメキのない人生」を送っていることにうんざりしている女性も少なくなく、トキメキたい、愛されたいと身も心も叫んでいるのかもしれない。


母としての役割は一段落した。


そう思った瞬間、S子を極度の空虚感が襲った。


「いまのままでよいのか、と急に自分を振り返ったんです」


それは夫との関係を考えることにもつながった。


夫にはこれといった不満はないし、娘をとても可愛がるいい父親だった。


でも、いつの間にか、男女というより夫と妻、父親と母親、という役割の側面だけが大きくなったような気がしていた。


長年、一緒にいるのに、本当にこの人と心が通じ合ってきたのかなと、ふと思ってしまった。


その頃から「私は女として幸せなのか、これでいいのかという思いがだんだん強くなっていったの」とS子は振り返る。


結婚生活は、確かに男女としての情熱を奪っていく。


結婚が「生活」である限り、それは避けられない。


なぜなら、男と女のぎりぎりの「恋心」は、非日常の場においてこそ輝きを放つからである。


その代わり、結婚の場では、別の愛情が育つ。


家族として、同志としての大きな愛情が育つのだ。


S子が「女として幸せなのか」という意味は、ずばりセックスのことである。


彼女が35歳くらいの頃から、セックスは年に1、2回あるかないかのレス状態。


夫はもともとあまりセックスに関心がある方ではなく、自分の欲望を処理するだけ。


そんなものなのかなと思っていたが、40代に入り妙に人肌が恋しいことが多くなっていった。


彼女の寝室はシングルベッドを2つ並べて寝ているが、手を伸ばせば夫がそこにいるのに、手を握ることも抱き合うこともない。


S子はそれが寂しくてたまらなかった....


30代の主婦たちは、まだ子育てに忙しい。


子どものことが第一なので、夫婦生活が疎遠になってもそれほど気にも留めない。


ところが子育てが一段落するとやはり自分のことに目がいくようになり、考えは夫との関係に及んでいく。


そして気づく。


女性として満たされていなかったことに。


昔はシャワーを浴びると湯を弾いていた肌は、いまや湯に馴染んでしまう。


男性を惹きつけられるのは、やはり「若さ」だと女性は本能的に知っている。


だから老いを怖れるのである。


身も心も叫んでいる


男に見向きもされなくなるとき、どれほどの絶望感を抱くか、自信を喪失するか、現実を見たくない。


女が終わる恐怖、私には時間がない!


「セックスがしたい、それも気が遠くなるほど激しく!」


S子の頭の中にそういう思いが渦巻いていく。


女性誌の「恋してこそ女」「セックスが女をキレイにする」という記事を見るとドキッとした。


鏡を見ては、目尻や口のわきのシワにため息をつく日々がつづいた。


これではいけないと、ヨガやフラメンコ、手芸などいろいろ習い事を試してもみた。


それでも心は満たされない....


「女としてこのまま終わりたくない。それが強迫観念みたいになったんです」


「私、イッたことがないんです。夫が2人目の男性で、最初の人とは一度きりの関係だった。このままじゃ、どうしても嫌だと思ったの。なんとしても、いまのうちに女として満たされたい。そうでなければ、死んでも死にきれないとまで思ったんです」


三十させごろ、四十しごろ、五十ゴザかき、六十ろくに濡れずとも、ということわざがある。


女の年齢と性欲を現した格言だ。


女性は歳を重ねると、受動態から能動態に変わり、40~50代で性欲のピークを迎えると言われている。


セックスで感じる快感も深まってくる。


より深く、もっと深く、と欲望は底を知らない。


「いつまで私をセックスの相手として見てくれる人がいるのか」と不安になることもある。


パートナーの男性も50代ともなれば性欲はあったとしても、いざとなるとムスコは役にたたない始末である。


女性と男性の性欲のピークは一致しない。


なんとも上手くいかないものだ。


S子は悶々とした日々を過ごしてきたという。


自分で自分を慰めることも多くなった。


だが、虚しさは消えない。


夫も娘も、毎日はつらつとした日々を送っているように見える。


自分だけが取り残されている、だが、このまま終わりたくないと。


薬局を経営している夫が忙しいのは、理解している。


「私のこと好き?」「愛してる?」と、夫に投げかける。


「当たり前だろ」決まって同じ言葉で夫は答える。


「だったら、どうしてしてくれないの?」と、訴えた。


「わかってるだろ。俺は疲れているんだ。そんなことするくらいだったらゆっくり休みたい」と、言葉を荒げる。


「私だって、すごくしたいときあるのよ」


こんな言葉を口から吐き出さなければならないのか、と思うと涙まじりになる。


「お前はセックスしかないのか。ちょっと変なんじゃないか?」


これ以上、突き詰めて言い合うと、夫婦の仲が音を立てて崩れ落ちそうな予感がした。


S子のいきさつを十分承知したうえで聞いてみた。


「ご主人ともう一度話し合ってみたら?」


S子はキリッと私を見つめて、それから大きく息を吐いたあとこういった。


「これってなんなの、夫とは毎日一緒に暮らして同じ部屋で寝ていて近いはずなのに。あなたの方がずっと遠いでしょ。それなのに触れ合っているだけで、どうして遠い方のあなたに気持ちが伝わったりするわけ? 抱かれているときに、ふっとそんなことを考えていたの。」


夫とのセックスに満たされない心と体を誰かに抱きとめてもらいたい。


色々悩んでみたけど、頭で考えれば考えるほど体が反乱をおこす。


快楽に身を委ねていると、頭の中がしだいにとりとめなくなって心が楽になる。


彼女はより幸せに生きていこうとしている。








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